「交渉ごとは、詰将棋だ」

僕が尊敬するひとりのある経営者は、常々、「交渉ごとは、詰将棋だ」と語っていました。

交渉事に関し、交渉テクニックの技をいかにもって、相手の動きを封じるか、ということと解釈をしています。あと、理詰めし、相手の王将が動けなくなることがゴールという意味でも、詰将棋なのでしょう。

さらにいうと、国語の勉強が不可欠であるということも教わりました。

交渉力を身につけるためには、国語をマスターすることが必須だったと、その経営者は父に教えられたというのです。語彙力、表現力といってたが、その後にも交渉事について教えてくれた書籍や社長様の意見を統合すると、レトリック、修辞技法のことを国語力としていっていたのかもしれない、とも思いました。

要するに、国語を勉強することで、強い駒がいっぱい手に入る。こっちのほうは、ここまでは理解できましたが、まだまだ勉強中です。交渉には国語力の鍛錬が必要、という教えが深く、これを無意識に考える日々です。

「交渉ごとは、詰将棋だ」というのは、僕の解釈とはちょっと異なってて、でも何かに例えられるものではなく、ぼんやりとしています。僕がもっと成長して、そのずれがなんなのか解ったり、あるいは、ああやっぱり交渉ごとは詰将棋だなぁ、と理解できたら、その尊敬する経営者のかたと、お酒でも飲みながら意見をすり合わせたり確認する、交渉事に関するプチサミットを開きたいとおもってます。

交渉スキルというのは、ただの言葉スキルで損益が上下される性質のものではなく、「論破」による勝ち負けでもなく、本質は、相手と自分の利益の一致であると、僕は考えます。

マイナスの問題解決の交渉事(交通事故の示談など)は弁護士に多く、こちらは交渉が終われば双方の関係も終わることがあります。ですが、わたしたちに多いのは、プラスの提案ごと。ここまでするので発注下さい!とか、そこまでしたらうち潰れるのでそれはできません!とか、仕事をとるときの交渉=営業であることが多い。相手を期待させて、そのぶんの宿題を持ち帰るから、経済行為とリンクしている場合が多いように思います。

あるいは、会社の名前を賭してクレーム対応をする、クレーム交渉などもあります。

そこで、論破の概念がでてきて、相手の駒を1mmも動かせないようにして発注をもらったり反論を封じ込める形で納得をもらうと、結構あとから不満がでてきてやっぱりここまでやって、とか、やぱ解約したい、とか、そういう展開になることも多いと思います。

うーん、交渉事って難しい。